経験を買うという時代について

昨今の消費環境において、経験を買うという表現が見られる。これはどのようなことなのだろうか。リンゴを買う、車を買う、ディズニーランドに行くという体験を買う。

 実はこの中のどれもが経験を買うことなのだ。ディズニーランドはこれはまさに経験を買うことであるがリンゴ一つ買うことも実は経験を買うことなのである。

 これは実は消費行動の価値観を変えるということである。今までは物質そのものを買うことはその商品単体に対して企画や分析が行われたが、体験を買うという価値観においてはリンゴを買う店や時間帯、場所、人、これらの複合的要素によって購入を体験としてとらえるのである。もちろんリンゴの消費もそうである。

 リンゴを農場で買うという体験は特別なものである。それはただ近所のスーパーで買うのとは異なるのである。もちろん金額が同じであってもである。

 自宅の椅子を起点として考えれば、家を出て農場に行ってリンゴを買って家で食すというその一連の流れが特別な体験であり商品なのである。

 そこに目が行くのならば、おのずと現代の消費行動の先端を理解することになる。自宅の椅子から立ったその一切が体験なのである。職場に行って帰るという連続した日々の体験も、車をディーラーに買いに行ってそれを乗りこなす日々も、すべてが体験なのであって、商品の単なる分析ではないのである。学校に通うという体験も同様である。いろんな体験があってどれか一つを選んでいるのに過ぎないのである。

 僕はこのIT社会になってからまさしく日々がツタヤのレンタルショップの様だとも感じている。

どの作品を選ぶのだろうか。そしてそれを面白いと感じるのだろうか。